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2006.03.15

ニートの本質

ニートの問題が深刻らしいが、考えて見れば、学校のクラスの中で、ニートにならざるをえないようなタイプが1人や2人はいたように思う。
休み時間は一人でぽつんとしていて、遠足では、バスの中で、席を決められないと自分の座る場所がなく、授業でも教師が無神経に「二人組になって」とか言うたびに恐怖を感じるような子がいたのではないか?
そんな子のことはよく憶えていたりする。
基本的には、他人恐怖症なのだが、何が怖いのかというと、他人が自分の都合の良いことをしないことである。他人が自分の意に反することを行うと、無力感に襲われるのである。
彼らは、自分は神のような存在だと思っているのに、他人は自分を攻撃してくるし、自分に彼らを撃退する力がない。そのような自分の無力さに耐えられない。

このようなタイプは引きこもりになる可能性が高いが、攻撃的になる場合もある。
特別な分野で特技を磨いたりして、他人に差を付けることで神の座を回復しようとしたりする。男の子なら、個人教授してくれる人がいて空手を習いはじめると夢中になることもある。
ただ、こういうことも良い方向に行けば良いが、孤立を深める可能性が高い。
それを社会に出るまで引きずると、最初こそは苦しいが、やがてその卓越した能力で独裁的になることもある。
そんな状態になっても、彼らは、子供の時、学校の裏庭でぽつんとしていた頃と変わらない。やはり他人が怖いのである。そして、やはり彼らは神なのだ。実は、どんな人間でも大なり小なりこの傾向はある。自分は神ではないし、特別な人間でもない。対等な他人との関係の中でうまくやっていくしかないことに耐えられない。
彼らはマッケンジー神父やエリナ・リグビーになるしかないのだろうか?
※エリナ・リグビーは、ビートルズの歌の題名でもある、その歌の登場人物。すっかり老い、貧しく、穴だらけの服で、いつも王子様を待っている哀れな老婆。マッケンジー神父は、その同類の誰も説教を聞きに来ない神父。

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