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2006.03.30

無意識の力

芸術の目的は爆発であり(岡本太郎)、エクスタシーであるのだが(イェイツ)、そのためには(詳しい説明は省くが)無意識の生命力を意識に伝える必要がある。
それには、過激な方法と穏やかな方法がある。
過激な方法とは、ロシアン・ルーレットをやるとか、政情不穏な地域を歩き回ることである。
無意識はあわてて生命力を意識に送り込むが、自我がもたず崩壊する危険がある。それよりもまず、命が危険だ。
で、穏やかな方法を薦めるべきであるが、やはり自己暗示が良いと思う。
ただ、自己暗示や無意識の活用となると、世間に出ているもののうち少なくとも9割は怪しいものであると思う。
現在、出回っている自己暗示や無意識の活用法は、全てエミール・クーエから出ていると思って良いと思う。オリジナルのクーエはとても良いのに、それを自己流のテクニックで改悪化したもの、やたらややこしくておよそ実践不能なものや、あきらかにオカルトになってしまっているものばかりが目に付く。
自己暗示に関し、エミール・クーエ以上のことを言った者はおらず、これを採用すればそれで良いと思う。
エミール・クーエの著書はただ1つで「意識的自己暗示による自己支配」である。幸いにも翻訳があり、「自己暗示」(法政大学出版局)の後半に収められている。前半は、C.H.ブルックスがクーエのテクニックを分かりやすく解説してくれており、実に便利だ。

無意識に関して補足すると、人間の意識は機能的には、フロイトによると、超自我、自我、エスと分かれるらしいが、それぞれの説明が案外すっきりせず、その関係性となるとちょっと理解しがたく思う。(また、意識、前意識、無意識という意識水準による分け方もある。)心理学者の岸田秀氏は、あっさりと、自我とエスの2つであると言う。エスとは、無意識の中心をなす生命エネルギーのようなものである。なんとも乱暴な区分であるが、よく考えると、そのくらいの区分しか普通はできないと思う。
エス(イドとも言う)を自我に取り込むと生命力が上がるが、自我は不安定になる。その不安定さに耐え、さらに不安定を求めるのは際立った芸術家の姿である。イェイツはまさにそのようであったと思う。安らぎや癒しを求める者は芸術家向きではないかもしれない。

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