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2006.03.02

自分で書いたバイブル

「新世紀エヴァンゲリオン」で、14歳の渚カヲル君は、「人は何かにすがらないと生きていけない弱い生き物」だと言いましたが、これは全くその通りです。
「俺は何かにすがってなどいない」と言う者や、いかにも堂々として完全に自律しているかに見える人間も全く同じです。
何にすがるかは、例えば、金メダル、地位(社長等)、学位、宗教、神、尊王思想、オカルト、武士道、何らかの教義、親、会社・・・実にいろいろあります。
ホリエモンはお金にすがっていますが、あまりに強く狭く専心したため、どんどんエスカレートしながらそれに麻痺してしまい、自分ではさほどの逸脱と思わないというのは、何にすがった場合でも同様です。

すがっているものが強大で安定しているほど、心は安定するものですが、なにごとも「諸行無常」「色即是空」ですので、何にすがっても不安定です。
アイルランドの大詩人W.B.イェイツは、なんと自分の宗教のバイブルを自分で作ってしまった。世紀の奇書「ヴィジョン」がそれです(彼はキリスト教なんか大嫌いでしたので)。
人は、心(自我)を安定させるために何かにすがるのに、「ヴィジョン」はなんと安定を拒否するようなものであるところが素晴らしい。イェイツの思想に「安定」なんてありません。
自分のために自分で描いたバイブルと思われるものには、ダンテの「神曲」、宮本武蔵の「五輪の書」、道元の「正法眼蔵」、デカルトの「方法叙説」などがありますが、みんな自分が良いと思うものだから、人に見せてしまうのですね。どれも所詮、幻想なのですが、イェイツは自分で幻想と気付いていたようにも思われます。しかし、少なくとも、みんな「読むだけで分かるものではない」と気付いていたようには思います。

何にすがっても良いですが、少しはマシなものが良いと思います。金メダルなんか取ったら、モハメド・アリのように、さっさと川にでも捨てた方が良い。最初から取らない方が幸運かもしれません。
イェイツのように、自分のバイブルを作るというのは、余程の知性や意思の力が必要ですが、普通の方はそれよりも「感動をありがとう」「愛は地球を救う」「39(サンキュー)プロジェクト」か、どこぞの変な占いレヴェルが良いかもしれません。これらの馬鹿げた幻想(馬鹿げていない幻想といったものもないのですが)は、多くの人と共有できそうですので(笑)。

20060302

絵を描きました。クリックすると大きな絵がポップアップで出ます。

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