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2006.03.07

向上心の考察

一昨年のNHK大河ドラマ「新撰組」で、病に侵された沖田総司が「剣だってもっと強くなりたい」と言うのを聞いて、何か引っかかっていた。
何か疑問があると、解決するまで頭の中で保留しておくというのは、あの養老猛司さんも薦めておられた(笑)。

人が向上心を起こす理由は何であろう?
自己実現等、いろいろ高尚なことを言う者もいるが、つまるところ不安の解消と思う。
あのドラマの沖田総司がどれだけ実像に近いかは分からないが(多分、相当違う)、あの中でも、沖田は欠点も多く、自我が不安定で、得意な剣でさらに強くなれば、自己が確立すると意識的、あるいは、無意識的に思ったのだと思う。
剣で誰にも負けないことでしか自尊心を見出せないわけである。
で、そんな根性では、どれだけ剣が強くなろうが、安心立命などほど遠いと思う。
しかし、沖田の周りには、いろいろな意味で強い者がおり、沖田は剣では一番でも子供扱いされていたし、自分でも劣等感を持っていたと思う。しかし、他の者のような強さを得る自信がないので、ますます剣に頼らざるをえなくなったと思う。
尚、あのドラマで、沖田は芹沢鴨に心酔したが、それは芹沢が揺るぎなく自己を確立した人物に見えたからであろう。もちろん、本当はそんなことはなく、芹沢も不安に怯えるつまらない男であった。

いかなる向上心も基本的には変わらないと思う。
芸術でいうなら、「もっとうまくなりたい」と常に思っている画家が傑作を描くとはあまり思えない。それは自我の安定のために描いているのだと思うからだ。そして、自我の安定とは他人の承認を必要とする。そのためには、他人が見て「うまい」と思うものが描けるよう腕を磨く必要がある。昔の王侯貴族の肖像画は知らないが、傑作とは自分の気に入るものを描いたものかもしれないと思う。

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Comments

ブログはじめてみました。

芸術論の展開 興味深いです。
不慣れなので コメントから...
次回から トラックバックに挑戦してみたいです。

現代人とくに 我が国で 忘れられた 克己心という
存在が 武士道に迫れなかった沖田の行動のヒントに
してカキコを読んでみました。
 ブログジャンル下位におりますが、よろしく。

Posted by: erato2mei | 2006.06.18 at 06:29 PM

erato2meiさん、はじめまして。
コメント、ありがとうございます。

もし、克己心というものがあるなら、弱い自分を認め、弱いまま不安に耐えることだと思います。
達人、チャンピオン、富豪・・・どんなになったところで不安は決して消えませんので。

Posted by: Kay | 2006.06.19 at 09:39 PM

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