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2006.03.25

愛すべき画家ネロ

アニメ「フランダースの犬」のDVDのジャケット画を見て思わずコケる(笑)。
なんとも育ちの良さそうなのほほんとした少年・・・。
この物語を本で読んだ方も多いと思うが、原作通りのものを読んだ人は少ないのではと思う。確かに、原作は子供が読むには悲惨過ぎ、アメリカではハッピーエンドで終わるよう改変されたものがあるとか。

「フランダースの犬」は、「泣ける物語」の定番と言われるが、皆さんはどこに泣けるのだろう?純真そのものの愛すべきネロに最悪・悲惨な運命が襲う不条理であろうか?
そして老犬パトラッシュの示す人間以上の愛情と忠孝。それらが重なり、いいようのない感情の高まりを止められないというわけではないだろうか?

アニメ版は、別のお話位に考えた方が良いかもしれない。
原作ではネロは15歳で、青年と言って良い年齢である。そして、幼い頃から際立った美少年で、画家は競って絵にしたとある。アロアは物語の途中で13歳になるが、やはり素晴らしい美少女となっている。この二人が大の仲良しであるから、アロアの親としては心配であろう。しかし、アロアの母親は、二人がいずれ結婚するのではと自然に感じていたようであるし、父親のコゼツでさえ、それは分かっていたようだ。二人とも、ネロそのものは素晴らしい少年であることも理解している。だからこそ、コゼツはネロにきつくあたるのであるが。
ネロのおじいさんは、80歳の時に2歳のネロを引き取ったというから、物語の中で90歳を超えていることになる。ネロとおじいさんは、これ以下はないという位貧しく、何日も食事にありつけない日があったにも関わらず、瀕死のパトラッシュを連れて帰り、懸命に看病して生き返らせ、その後も大事にした。パトラッシュは、その恩義を決して忘れなかったよう語られている。

ネロはただ心優しく純真であるというだけではない。野望もヴィジョンもあった。
ネロはアロアに、僕は必ず偉くなると宣言する。一種のプロポーズかもしれないが、それは偉い画家になってコゼツさんに認めてもらった上のことと考えていたようだ。
しかし、「偉くなれないなら死ぬ」という言葉には悲壮なものがある。そこまで決意しないと好きな女の子に告白できないとは悲しいものだ(ただ、この時はネロはまだ、アロアを子供扱いしているように思える)。

ネロはルーベンスの絵を見るのにお金がいることに憤っていた。ルーベンスは決してそんなことは考えなかったはずだと思う。もちろん、ネロにはそのお金がない。
しかし、ネロが板にアロアの肖像画を描いたのをコゼツに見つかり、コゼツは気を悪くしながらも、その絵があまり良いので、ネロにお金を払って譲り受けようとする。しかし、ネロはお金を取らず、タダでコゼツに渡す。そのお金があれば、ネロはルーベンスの絵を見れたし、少しはマシな夕飯を用意できたかもしれない。しかし、ネロはアロアの絵をお金にしたくなかったのだ。

この物語が読者を虜にするのは、おじいさんが死に、ネロは家賃が払えず幼い頃からの思い出に満ちた小屋を追い出され、唯一の望みを託した絵のコンテストの発表のある隣町に向かうあたりからだろう。
ネロは自分も空腹で死にそうだったが、パトラッシュにパンを食べさせるために物乞いする。しかし、訳あってコゼツに嫌われていたネロ(コゼツの粉挽場に放火したという濡れ衣)にパンを恵む者はいない。
コンテストに落選し、失意の中で仕方なく村に帰る途中、コゼツの全財産がはいった財布を拾い、餓死寸前でフラフラしていたのを気を引き締めて財布を届ける。コゼツはいなかったが、アロアとアロアの母親に財布を渡し、見つけたのはパトラッシュだから、パトラッシュの世話をして欲しいと言い、パトラッシュに自分を追わせないよう頼むと、パトラッシュが外に出ないよう素早くドアを閉めて厳寒の中に立ち去る。
パトラッシュも餓死寸前でありながら、並べられたご馳走に見向きもせず、ドアが開いた一瞬を逃さず外に飛び出し、老いぼれ傷付いた身体でネロを探す。雪のため、ネロの匂いを見つけるのは難しく、大変な困難の捜索の末、パトラッシュは大聖堂の中で倒れているネロを見つける。

このあたりで、もううるうるする方、はや号泣する方いらっしゃるであろう。
・・・私もである(笑)。

大人たちに顧みられずに虚しく死ぬお話としては、ご存知のアンデルセンの「マッチ売りの少女」がある。
年齢が幼いことと、たった一人で死んだことはマッチ売りの少女の方が悲惨である。ネロはパトラッシュと抱きあって死ぬことができたし、生きていた時には、貧しいながら優しいおじいさんがいたし可愛いアロアが慕ってくれていた。
マッチ売りの少女は大晦日、ネロはクリスマスという、他の人達が幸せな時に空腹と寒さで死んだ。しかし、二人とも、かすかな微笑みを浮かべて死んでいたとされる。二人とも、死ぬ間際に美しいものを見たからだ。
しかし、マッチ売りの少女は、多少の同情を寄せられただけのように思える。対してネロはコゼツを改心させ、「私の婿になるはずだった」と言わせた。美しいアロアは泣いてくれたし、絵のコンテストの審査をした高名な画家は、本当はネロが選ばれるべきであったと言い、ネロが天才であることを認めていたと告白した。幸せというのはおかしいかもしれないが、実際、ネロは満足して死んだのだった。
ネロもマッチ売りの少女も、奇跡的なことと思うが、誰も恨むことなく死んだのは確かなようである。

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