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2006.02.24

祭りと芸術の関係

およそ世界中で、祭りの風習のない国や地域は無いが、それぞれの祭りの起源は全てかなり古い。
そして、祭りにはやや「危ない」部分が多いことも共通である。けが人はもちろん、死者が出ることすらあるし、公共物や、さらには民家が壊れることすらある。しかし、祭りが取りやめになるということはほとんどない。

こうして見ると、祭りというものが、人間が生存する上で重要なものであることは容易に想像がつく。
岡本太郎は、パリ大学で民族学を専攻したそうだが、著書「美の呪力」で、祭りの意味を考察していた。日常の仕事や生活は単調で面白くないものなので生命力が低下する。そこで祭りによって活力を補充し、次の祭りまで日常を耐え抜く力にするというものである。祭りは芸術と同様「爆発」であり、宇宙に向かって生命を一瞬で開くという、ここらは抽象的な説明がなされていた。

日常が面白くないものであることは昔から変わらないものらしい。
いかなる原始社会においても、日常の生活や仕事には掟など決まりごとがあり、自由に何をしても良いわけではない。掟を破ると、文明社会同様、処罰がある。また、掟とは、放っておくとついやってしまう人間の欲望を制限するものであるから、それに従うことは何らかのストレスになるはずである。
その押さえ込まれたものを祭りで発散するというわけだ。しかし、単なるストレスの発散のように、スポーツみたいなこれまたルールの厳しいものでやれることではなく、生命力を燃え上がらせるためには、ルールはできる限りゆるくする必要がある(実際は、ストレスもスポーツで発散できるものではないが)。
祭りの時だけは、大方のタブーを逃れ、かなり危ないことが許されるわけである。少し以前には祭りの中に乱交パーティーまがいのことが含まれていることも割にあったらしい。

ところで、少なくとも日本では、最近は祭りに参加する人数が減っているようである。
その理由の1つは、個性化が進んだからと思う。生命力を湧き上がらせるには、興奮が必要であるが、皆が同じことで興奮しなくなったのだ。
そのせいで、祭りが単なるパレードみたいなものになり、生命力を拡充するというものではなくなってきている。
現在は、昔より、日常生活の面白く無さはずっと大きいのに、祭りで発散できない。
では、岡本太郎の言うように、芸術で爆発するという手もある。岡本太郎の言うところでは、芸術も確かに祭りのようなところがあり、人間の根源的な欲求を開放する。
そんな芸術をうまく、きれいに、ここちよいものにする必要がないのは当然であろう。
うんと猥褻なものになるかもしれないし、破壊的な塗りになるかもしれない。そこに生命力の発露が見られるのが芸術である。

心理学者の岸本秀は、祭りの意味をフロイドの自我とエス(フロイドは超自我と自我とエスに分けているが、岸田さんは2つで良いという)で極めて合理的に説明されているが、岡本太郎さんの考えを論理でうまく説明できていたと思う。
ただ、現代人には祭りの効用はさほどでもないという考えも示されていた。
(「幻想の未来」講談社学術文庫)
岸田さんは、問題の見事な解析はしても解決法はいつもほとんど示さない。だから私は信用している。解析はいい加減で、馬鹿げた方法論を唱える自己啓発の著述家やセミナー屋は多いからだ(私はこれら「成功」を商売にする全員がそうだと決め付けている。「成功」を商売にすること自体、間違いであると思うからだ)。

その解決の一方法として芸術が役立つ場合もあると思う。
それでいうと、作品は見るだけでなく、自ら作る必要がある。
しかし、現代の学校の美術教育の洗礼を受けたほとんどの者が、自分で絵を描くなど思いもしないことになっている。
小中学校等で受けた美術教育などきれいさっぱりと捨て去り、楽しく思うように絵を描くことも生きる力を得る重要なものになりえるかもしれない。
「自分も描きたいと思ったら描くべきだ。いや、描かないといけない」(岡本太郎)

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Comments

はじめまして。
いつも興味を持って拝見させていただいています。難しいことをわかりやすく言ってくれるのがうれしいです。

以前は岡本太郎はあまり好きではなかったのですが、Kayさんの記事を読んだりして最近では自分の絵が岡本太郎の影響受けているなぁと感じます。よかったら見てみてください。

これからも面白い記事期待しています。

Posted by: lemoco-layco | 2006.02.26 at 09:23 AM

lemoco-laycoさん、コメントありがとうございます。
私は岡本太郎さんはずっと「ヘンなオヤヂ」と思ってました。もし目の前にいたら、是非あっかんべをしてやりたかったですが、亡くなっておられ残念です(笑)。
lemoco-laycoさんの作品は多彩ですね。岡本太郎の影響というのも分かるように思います。私は作品の良し悪しが分かるほどの者ではないですが、lemoco-laycoさんの作品は「好意に値します。つまり、好きってことさ」(スミマセン。アニメのセリフですが、そんな気持ちです)。
私もダックスフンドって言いますよ(笑)。
フントがドイツ語、フンドが英語です。
英語はなんでも濁りますね。ハウスジャワカレーの「ジャワ」も英語では「ジャバ」で、コンピュータの言葉のJavaも、本当はジャワなんですけど(笑)。
作品をさらにじっくり見させていただきます。これからのも期待しております。

Posted by: Kay | 2006.02.26 at 02:15 PM

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