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2005.12.07

芸術は萌えか?

「芸術は萌えか」というなら、「芸術」、「萌え」それぞれを定義し、その同等性を証明せよという者がいるかもしれないが(笑)、ここでは、「芸術に萌えの要素はあるか」という程度に思って欲しい。
芸術、萌えそれぞれの定義は、

芸術:あらゆる手段を用い、人間の様々な能力で美を創造すること
萌え:想像上の理想の異性と想像上の恋愛を行うこと

とする。
芸術に関しては、辞書の定義では「技巧を駆使して創造」とあるが、どうも納得いかないのでやや抽象化した。
萌えの正式な定義などあるはずがないが、本田透氏の「萌える男」(ちくま新書)が優れていると思ったのでこれに倣った。

こうしてみると、まさに芸術に萌えは存在する。
例えば、女性の絵画や彫刻を制作する際、たとえ現実のモデルを使ったとしても、(肖像画の場合は当てはまらないこともあるが)芸術家の精神の中で理想化され、その理想の女性との恋愛感情すら持つことは十分にありえる。いや、それだけの想像力やパッションがないといけないくらいである。

下記は、たまたま、上にあげた本田透氏の本で簡易ではあるが同様な例が述べられているが、私独自の解説である。

萌えによって生まれた芸術の良い例の1つは、文学においては、13世紀イタリアルネッサンスにおける一大抒情詩である、ダンテの「神曲」だと思う。神曲の中で、ベアトリーチェという女性が重要な役割を果たすことは有名だ。ベアトリーチェは実在した人物で、ダンテは強い恋愛感情を持っていたらしい。しかし、実際にはダンテはベアトリーチェについてさほど知らないと思う。だが、「20世紀最大の詩人」イェイツが、ルネッサンス最大の想像力の持ち主と賞賛したその想像力でベアトリーチェを理想化して登場させた。つまり、神曲の中のベアトリーチェは本当のベアトリーチェではなく、あくまでダンテの想像の産物であり、当然、ダンテはその想像上のベアトリーチェに強い愛情を感じていたはずである。まさに「萌え」そのものである。

現在、萌えといえば、アニメやゲームの美少女キャラクタに強い愛情を示すことを指す場合が多いが、実際には、萌えている者は、そのキャラクタを媒介に理想の女性を想像しているのである。彼らはさらに想像力が高まれば芸術家になれるかもしれない?

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