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2005.11.16

芸術の嘘

芸術に関する権威筋からの情報は、いったん全て捨ててしまった方が良いだろう。
「モナ・リザ」が優れた芸術だと思う必要もない。あんなマユなしの太ったオバさんのどこが神秘の微笑みだ・・・くらいから始めれば良いのである。
しかし、何かのきっかけでダ・ヴィンチに興味を持つうちに、ダ・ヴィンチの人となりや「モナ・リザ」を描いた背景、あるいは、モナ・リザという人物そのものについて知るうちに絵の見方も変わるし、そこでいろいろ考えたり、興味をもっていろいろな人のモナ・リザ評を見るうちに共感できるものを見つけるかもしれない。
芸術を理解するということは、必ずしも無垢で純粋な心だけで可能なことではない。

認識ということからいうと、同じものを見ているつもりでも、人によって見るものは全然違う可能性がある。目で見たものは脳の中で再構成が行われているようで、その再構成の仕組みは複雑で、分からないことも多い。これは音楽でも同様であるらしい。
自分にとっての赤が、別の人には青に見えているかもしれない。
催眠術を使えば、人間の認識なんて本当に曖昧で個人的なものだと理解することができるが、人間なんて常に催眠術にかかっているようなものだ。

他人の言うことは十分に参考にして良いが、それが正しいかどうかは確認をしてから受け入れる必要がある。重要なのは個人としての自立した認識である。権威筋からの情報は大概デタラメと決めてかかった方が安全かもしれない。
そして、自立した認識を持つためには自ら考えないといけないが、そのためにはいろいろ必要な行動がある。それは厳しいが楽しいものであるに違いない。
特に昔は、洗脳する特権は支配者層のみにあり、被支配者層である庶民にいろいろ嘘を信じさせる必要があった。そして、その嘘が見破られないよう、庶民が自分で頭を使って考えることがないよう管理した。その傾向が極端な国家が現在もあるかもしれないが、現在の我国が完全にそうでないとは思い難いし、ことに芸術に関していうなら、かなり顕著に思えるのだが。

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Comments

 はじめまして、モナ・リザ検索でたどり着きましたが、興味深い記事でしたのでコメントさせて頂きますね。 個人としての自立した認識~はごもっともです、とかく日本人は欧米などに比べ個性や自立心に希薄な感じがしますね。 
 社会背景としても出過ぎることを嫌い、画一的な教育やファッションもその典型ですね。 それらは日本人の美徳でもあり、他国の人からはなかなか理解されにくい感覚のひとつのような気がします。
 いまだに権威や肩書きに弱い日本人ですが、国際化の時代、もっと視野を広げ自分自身で考える力を養う大切な時期に来ていると思います。
 話が硬くなってしまいましたが(笑)、私もモナ・リザについてブログに書きましたので、よかったら遊びにいらして下さいね~、ではまた! 

Posted by: ルーシー | 2006.04.20 03:25 AM

な、なぜかコメント投稿がエラーになり、ずっとご返事できませんでした^^;

ルーシーさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
モナ・リザは尽きせぬ謎で、そこがまた良いですね。
私は、ダ・ヴィンチの「聖アンナと聖母子」のアンナとマリア、そして、モナ・リザが似ていることから、これらはダ・ヴィンチの母親の投影というフロイトの説にそれなりの信憑性を見ます。
岡本太郎も権威をかなり叩いたせいか、正統な画壇からは認められていないような気がします。
今度はそちらのブログにお邪魔します。を・・・ココログ仲間(^^)

Posted by: Kay | 2006.04.21 10:06 PM

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